真っ直ぐ前を向き、己のペースで歩く骸だったが、綱吉の腕は掴まれたままだった。故に、引きずられているに近い。
「...逃げる逃げたい帰りたい...」地面を見つめながら呪いの様にぶつぶつ呟くが、我関せずと云った様子で歩みを止めない長い足。
「...なあ、まだ着かないの?」
恐る恐る尋ねる綱吉の言葉は、既に三回目だった。
「もう着きます」
骸の返答も然り。
「逃げないから、いい加減に放せよ、骸!」
隣町であろう繁華街らしき大きな通りに入ると、さすがに人の目が気になりだした綱吉は、ぐいぐいと腕を引っ張る。
「まあ、いいでしょう。逃げたら..判ってますよね?」
ギラリとその双眸を光らせ、骸は言う。綱吉が「ヒィィ」と青ざめたのは、更に、背後に三叉の槍の幻影までもが見えた気がしたからだ。
コクコクと懸命に頷くしかない彼に、ボンゴレ十代目候補としての威厳の欠片も見られないのは今更である。
「ここです」
やっと歩みを止めた前は、どうみてもカフェだった。喫茶店というには、佇まいがファンシーであり、可愛らしく盛りつけられた洋菓子が出てきそうな店だった。
「...はあ!?」
綱吉は、躊躇無く扉を開こうとする骸の正気を疑う。
「言っておきますが、勿論僕の趣味などではありません。..クロームが、ボスと食べたいなどと僕に頼んで来たもので。クロームが。」
「いやいや、二回言ったよな!?そのクロームはどこ!?お前が身体使っちゃってるんじゃないの!?」
「そうですよ。恥ずかしがってクロームが出てこないので、現れたくなるまで仕方なくこの僕がわざわざこうして、」
カランと音を立ててファンシーな扉が開いた。
「君と食べてあげようと思いまして」
骸は慣れた態度で、洒落た制服の店員にガトーショコラを注文した。
「決まりました?綱吉君」
「...あ、と、チ、チーズスフレか、な」
「飲み物は?」
「え!?水?いや...こ、紅茶?」
「では、それとアールグレイとダージリンを下さい」
「かしこまりました」
綱吉は、緊張からか居心地の悪さからか、若しくは恥ずかしさからなのか、全く落ち着かない。そう云えば、『綱吉君』と自然に呼ばれたな、と何故だか口元がふにゃふにゃする。
ソワソワときょどり放題で、綱吉は間違い無く店で一番浮いていた。
そんな綱吉を、顎に手を乗せ、機嫌良さげに見つめるオッドアイ。
「骸って、いつもこんな店来んの?」
落ち着き払った様子に興味を持って尋ねてみる。
「いいえ?」
「ふーん...って来ないのかよ!!」
綱吉の声はやや大きくなり、周囲が注目した。それでなくとも、珍しくも男の二人連れではあり、片方の容姿は明らかに目立ち過ぎていた。
それを気にする風でもなく、骸は微笑む。
「まあ、たまにはありなんじゃないですか?...クロームが。」
「そ、そう?」
「ええ」
「まだ、クローム恥ずかしいって?俺と話すの、そんなに恥ずかしいのかな...」
「...そのようですね。君も恥ずかしそうですけど」クフ、と綱吉の顔を指差す。
「!!だっ、」音声を絞り、綱吉は続ける。
「..だって男二人でこの店は厳しいだろ!?」
「厳しい?何がです?」
「何、って!.....。なんでもないです。」
ケロリとした骸の表情に、ああ、こいつに世間一般常識は通じないんだと、改めて気づいた綱吉である。
「お待たせ致しました」と、店員がケーキと紅茶をテーブルに並べてゆく。
ケーキの大きさの割にデカイ皿に綱吉はビビったが、けれども紅茶の優しい香りと湯気に、少しだけほっとする。
「いい匂いするな」
「まあまあですかね」
優雅とも云える手付きでソーサーを持ち、カップに顔を近づける。
綱吉は、そんな骸をほけらと見ていた。顔だけは無駄にいいなあ、いつ見ても変な分け目だなあ、などと失礼な事を考えながら。
「食べないんですか?」
ガトーショコラをフォークで刺し、口へと運ぶ姿は三叉の槍を持つ人間とは同一人物とは思えない。
「...た、食べるよ!」
慌てて綱吉もスフレを口に入れる。
「う、美味い!」
ふわりとした甘味に、目を煌めかせ、骸に向けて笑顔になる。
「...それはよかった」
視線を綱吉から手元に移し、どうでもよさそうに骸は答える。
「骸の、その黒いケーキも美味いの?」
「黒いって、君ねえ。まあ、いいです。...食べてみます?」
「いいの!?うん。じゃあ一口だけ、欲しい、..かも」
と、段々と綱吉の声が弱まっていった。
何故なら、ひとかけらを刺した自分のフォークを、骸が眼前に差し出して来たからである。
属に云う、『はい、あーん』状態だ。しかも骸は真顔だ。
「え!?あの、む、骸さん?」
「なんですか、いらないんですか?遠慮しなくてもいいですよ」
さあ、さあと迫るオッドアイに、綱吉は顔を赤くしたり青くしたりと、大忙しだった。手はわたわた振られている。
「自分で、..ぐふぅ!!」
「世話が焼けますね」
容赦無く、口に突っ込まれた黒い固まり、否、ガトーショコラである。
涙目でふごふご租借する綱吉に、骸の口元は吹き出すのをこらえる様に震えている。
ゴクンと飲み込み、「何すんだ、アホー!!」と綱吉が叫んだのは無理も無い。
「結局、クローム出てこなかったな」
「...途中で寝たみたいなので」
「何そのマイペース加減!?霧ってどんだけだよ!?」
成り行きで骸に家まで送ると告げられ、クロームと顔を合わせていない事もあり、綱吉が承諾した道すがらである。
「おや、僕らの悪口ですか。どの口がそんな事言うんでしょうねえ。このだらしない口ですかねえ」
左手を伸ばし、骸は綱吉の頬を引っ張る。
「う、うほ、でふよー!」痛い痛いと、綱吉は手足をジタバタさせる。
「わかればいいんです」
フン、と綱吉を解放し、骸は空を見上げた。
「今日は雲一つ無い」
呟いた骸の瞳が、オレンジに染まりつつある夕日を受け、綱吉には綺麗に見えた。
「...こうやって、骸と一緒に歩いてるのって不思議な感じ」
「おや、どうしてです?」
片眉を上げ、骸は綱吉の顔を覗き込む。
「んー、なんていうか...本当は骸は水牢に居るし、俺、嫌われてると思ってたし...穏やかな時間過ごせるって、なんか...」
綱吉はもごっと口籠る。
「なんか?...なんです?」
「う、嬉しいなって!うわーーーーー!!」
自分の発言に恥ずかしくなった綱吉は、その場から逃げる様に走り出す。
骸はその場で固まっていた。
前に居る綱吉には見えないだろうが、耳が真っ赤になっている。
「言い捨ては卑怯ですよ、綱吉君!」
「うるさい、寄るなああー!」
気を取り直した骸は、不気味なくらい、全開の笑顔で追いかけてくる。
「止まらないと、今から契約しちゃいますよー!」
「勘弁してーー!!」
ヒィィと叫びながらも、綱吉の顔も真っ赤で、口元は緩んでいた。
また骸は来るのかなあ、と思いながら、まさに、その当人から逃げながら、綱吉は明日に思いを馳せていた。
終
自分的にはイチャイチャ;;