「む、骸、だよな?」と小さな綱吉君が、煙に包まれて、可愛らしい口を震わせて僕を見上げて来たので、思わず口を覆ってしまいました。だって、可愛い過ぎましたから。
十年後、つまり僕と同じ時を共有する今の綱吉君だって、誰より可憐で、僕の胸を震わせるのは至極当たり前の事実なのですが、・・・小さい。十年前の小さい綱吉君ですよー!
前回は百蘭と戦闘中で、あまり時間がありませんでしたからね。僕の腕の中にスッポリと隠れちゃいますよー!寧ろ、このまま何処かに隠してやろうか。
・・・いやいや、ちょっと落ち着きますね、僕。
「クフ、お久しぶりです。十四歳の沢田綱吉」
大人の余裕というものを見せなくてはいけませんから、僕はにやける口元を咳払いで誤摩化して、綱吉君をガン見する事にしました。
「・・・え、俺、ええ?また未来に来ちゃったのー!?」
繕う必要はありませんでした。現状にパニックになって、あたふたしている綱吉君。ああ、周りなどに目を配らず、その潤んだ琥珀色の瞳に僕だけを映して欲しいものです。
幼さを残した輪郭に、細い腰。ボンバー頭は変わらなくて微笑ましいですね。どこもかしこも可愛いです。
おっと、不審げな顔をされてしまいました。
「入江正一に、バズーカを譲られまして。君が過去を見てきたいから打て、と僕に頼んだのですよ。」
本当は入江から脅して奪って、バズーカーで君を急襲したというのが事の顛末なのですが。
『嘘』は僕の存在証明みたいなモノですから、許して頂きましょう。
「・・・そうなんだ。」
「ええ。因みに、此処は貴方の執務室ですよ」
「・・・そう。」
「ええ」
「・・・・」
え、何ですかこの沈黙。ツッコミは無しですか。想定外なんですけど。会話ぶった切られたに近いんですけど。不敵に微笑んだこの僕の立場は?
えーと、気を取り直して、綱吉君は、と。
下を向いて、もじもじしている・・・。もじもじ。
若しや、僕に会って嬉しくて恥じらっている!?そりゃあそうですよね!合点がいきました。
十年前の彼にとって、成長して更に磨きがかかったこの僕の姿と云ったら、
「骸、・・・五分経ったよな。」
綱吉君は、低い声で呟き、頬を染めるどころか、眉間に皺を寄せていました。
僕はしゅんとなって、漸くこちらを見た彼に、小さく頷きました。
綱吉君の額から、死ぬ気の炎が出かけていたので。祈る様に拳を振るわれたらたまりません。
その恐ろしさを、僕はこの十年で身に染みて味わっていたので。
「ほう。初代の霧とのいざこざの最中でしたか」
「そうだよ!クローム、おかしくなっちゃってて・・・」
ひとまず綱吉君を落ち着かせ、一時間で元の世界に帰れると宥めた僕は、彼の置かれている状況を簡単に訊き出しました。
ソファの隣に小さい綱吉君が座っています。お尻がとても華奢です。柄にも無くドキドキしますね。
「シモン・コザァート、ですか」
「うん、エンマ君を、皆を、助けないと!」
「・・・・」
「骸は何してたんだよ!?お前の身体、狙われてるんだぞ!?」
「そんなの覚えてません」
僕はフンと一蹴し、綱吉君の耳を引っ張りました。
「いた、痛いって!骸!・・・何すんのぉー!?」
「君の周りはいつも賑やかですねえ」
騒ぐ彼を視界に入れながら、その後の成り行きをなんとなく思い出した僕でしたが、綱吉君の口から出た『エンマ君』の一言に多いに臍を曲げました。ええ、思いきり。
しかも未来について言及する危険性は、如何な僕であろうと躊躇うものがあります。
それによって、十年後の僕らの関係が違う形になったとしたら、僕は本気で世界を滅亡に導きかねません。
「・・・でも骸が無事で良かった。クロームがあんな風になったのに現れないから、骸に何か、ってこれでも心配したんだぞ」
「君は、いつも誰かの為に戦っては、心を痛めている」
「・・・骸?」
「それは、十年経った今も変わらない」
他の誰かの心配もするけれど、十年前の君も、僕の事もちゃんと心配してくれている。
それは、甘い彼の思考を踏まえれば判っていた事かもしれないが、口にされるとやはり嬉しい。
「綱吉君。君ならば、そんな危機はいつもの覚悟で打破できますよ。僕の事なら心配ご無用です。」
酷く驚いた顔をした彼に、僕の方が面食らいました。
「なんです?」
「・・・骸が、そんな事俺に言うなんて、」
ああ、そうか。
この頃の僕らはまだ、心を通わせてはいなかった。
耳まで赤くして、照れ臭げに笑うあどけない君の姿。十年前も十年後も、それは少しも変わらない。
「ひとつ、いい事をお教えしましょう」
「・・・いい事って、何?」
「それは、」
と、ノックの音と同時に、執務室の扉が開かれた。
最早ノックはその意味を為してはいないが、それを指摘する暇も無く、黒いスーツを身に纏った雲の守護者が僕らの元へ歩み寄る。
「・・・ワオ。小動物じゃない」
「チッ、邪魔です。雲雀恭弥。今すぐに消えろ」
僕は無意識で綱吉君の腰をかき抱きました。
「え!?何!?わ、ヒバリさんまで!」
「六道、君、例の任務じゃないの?なに、駄々でも捏ねてるわけ」
「馬鹿な事をほざく口だ。僕はもう行きますよ。君は早く此処から出て行け」
どす黒い空気が渦巻く。
そんな僕らを首を伸ばして交互に見遣り、綱吉君は冷や汗を垂らしています。これが、未来のよく見る光景だと知ったら、どう思うんでしょうね。
お互い得物を出さないのは、十年前の君を前に格好つけて居るからであって、「大人になったんだ・・・」と呟いてるのは誤解ですよ。いつもなら、既にトンファーと槍が交差してますからね。
「・・・任務って、骸?」
「ああ。薄汚いマフィアで遊んでくるだけです」
「ふうん。余裕、あるじゃない」
「まだ居たんですか?僕は、消えろと言った筈だ」
雲雀恭弥は肩を竦め、ちらと綱吉君に目を遣る。
「そいつが死んだら、僕がトンファーで慰めてあげてもいいよ」
「なーっ!?ヒバリさん、色んな意味で酷ぇー!」
「・・・貴様、殺す」
僕の唸りに返事もせず、踵を返し部屋を出て行く雲雀恭弥。珍しい事もあるものです。
「・・・っていうか、放せよ、骸!」
「シッ。一時間が経ったようですよ、綱吉君」
小柄な身体を、白い煙がもやの様に覆い始めた。
僕が君にバズーカーを当てた本当の理由。
僕がこれから向かう、死ぬ確率が頗る高く、成功したとしても、残酷ですらある任務。
そんな所に行かせたくないと、君が泣いたから。自分も一緒に行くと言って、きかなかったから。
『実にマフィアらしい仕事ですよね』
君が傷つく言葉を発してしまったのは、僕の失態でした。
けれど、君だって以前、僕に秘密で死ぬ危険を冒した。お互い様です、とは思わないけれど。
「そうだ、骸!いい事って、」
内緒話しをするように彼の耳に顔を近づけ、「君と僕、恋人同士なんですよ」と、小さな唇にそっと口づけた。
そして、僕は窓を開け放ち、ヒラリと飛び降りました。
背後でボワンと、無事に綱吉君が入れ替わった音がしたのが聴こえます。
キスをされ、真っ赤になって、目を見開いた綱吉君の顔を見れたので、任務もきっと楽勝でしょう。
過去から戻った君は怒るかもしれませんが、君の泣き顔を見たら、たかが任務ですら決心が鈍ってしまう。
僕は君と在る。
その為に、この肉体と精神は存在する。
「千種、犬、クローム」
「準備、出来てます」
「いるびょん!」
「はい、骸様」
「・・・派手にやらかしましょうかね。行きましょう」
君と愛し愛される僕に、敵など居ない。
終
3.19
タイトルが一番恥ずかしい;;